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口蹄疫 続編

7月 20th, 2010    Posted in ひどいはなし
 

 

 口蹄疫問題で、宮崎県高鍋町のご老人(72)が、宮崎県での唯一の民間種牛6頭の殺処分を最後まで拒んでいた。

 以前、ここで、「これだけ周りが殺処分に応じる中で、それを拒否するというのは、相当の思いと理由からなんでしょう。」と書きました。

 その6頭の牛の殺処分を受け入れられたそうです。

 NNEWSより

 口蹄疫の発生が同県で確認されてから約3カ月、必死に守ってきた6頭が処分され、「本当に無念」と涙を流した。

 薦田さんの農場には17日午前9時すぎ、白い防護服姿の作業員が到着し、同10時半、最初の牛を載せたトラックが出発。薦田さんは作業員に「一緒に埋めてほしい」と花束やお酒を渡し、妻勝子さんら家族や農業関係者と見送った。

 種牛は2頭ずつ順番にトラックに載せられ、約5キロ先にある農協所有の埋却地へ移動させた上で殺処分した。同所には既に約1万頭の牛や豚が眠る。家族によると、6頭の中で最も優秀な「勝気高(かつけだか)」の名前の由来となり、牛を一番かわいがっていた勝子さんはトラックに手を差し伸べながら泣き崩れ、薦田さんも搬出をじっと見守っていたという。

 口蹄疫の発生が宮崎県で確認されて約3カ月。薦田さんは、昼夜を問わず、徹底した消毒で6頭を守り続けてきたが、「命を守ってやれなくて残念。本当に無念だ」と肩を落とした。

 畜産に携わって50年以上。政府と県が5月に実施したワクチン接種に同意せず、「種牛は公共性が高い」と保護を求めていた。県は当初、薦田さんに殺処分を勧告。その後、東国原英夫知事は「公共性が認められる」と県有化した上での特例救済を国に求めたが、農林水産省は拒否。問題が長引けば制限区域解除に影響が出るため、薦田さんが「県民に迷惑を掛けられない」と16日に殺処分受け入れを表明した。

 しかし、今も殺処分には納得していない。特別措置法に基づく殺処分を主張した国への釈然としない思いを胸に、種牛たちには農場から運び出される前に、「正しく法律が使われる世の中にしたい。そのために犠牲となるおまえたちを誇りに思う」と言葉をかけたという。

 現地対策本部の篠原孝農林水産副大臣は農場を訪問して薦田さんと面会した後、記者団に「殺処分となってしまい、おわびした」と話した。薦田さんは目に涙を浮かべながら、「種牛の死が無駄じゃなかったと言えるようにしたい」と語った。

 以上 NEWSから

 この問題は、結構気になっていましたので、その後も新聞などでは、気をつけて見ていました。

 このご老人、この6頭の前には、300頭の牛の殺処分には応じておられます。

 ですので、ただ単に、「お金」という問題では、ないんだと思います。 

 しかし、行政から、

 「あなたの町で、あなただけが行政の言うようにしないから、町全体の感染指定や町からの家畜の移動も認めません。」

 「もちろん、あなたのところだけが、殺処分に応じないなら、この町の高校の野球部だって夏の地区予選にも出れません」なんてことを言われれば、普通の人間は、受け入れざるおえません。

 勿論、行政の姿勢も理解できます。山田農林水産大臣の「他の殺処分に応じた人への説明がつかない」というのもわかります。

 わかりますが、口蹄疫が発生しても外遊を続けていた赤松前大臣の姿勢や、国や県の後手後手の対応など、そこの責任も「説明できる」ようにしてもらいたい。

 消費税の論議もそうです、民主党の衆議院の選挙公約もそうです。

 国民が「消費税を上げないと、国がやっていけないから」(なんと45%の国民が支持)とか、

 「選挙の前と実際に与党で政権をとってみると、選挙前の公約も実態に合わせて変更するのも当たり前」(枝野幹事長)だとか、

 こういう後付けの説明よりも、

 「消費税の前に、なぜ消費税を上げないとやっていけなくなっているのか」という今までの責任や、

 「選挙公約で財源はあると言っていた」ことへの責任を明確に、総括しないと、納得できない。

 この口蹄疫の問題もそう、迫りくる現実の危機に目を向けることは大切ですが、

 じゃあ、こういう時のマニュアルや感染防止体制、獣医師の確保などはきっちりできていたかというと、それはNO。

 少なくとも前大臣が、(口蹄疫発生で)輸入を禁止した韓国から、9年ぶりに飼料を輸入解禁にしたのならば、

 万が一のことへの「備え」もしておくべきではなかったんでしょうか。

 普通の人間ならば、食中毒で営業停止になったレストランで食事をすることになったら、気をつけて食べるでしょう。

 そういった「いい加減な役所仕事」や、いい加減な「政治家の対応」で、

 とどのつまりは、最後に泣きを見るのは、、一般市民。それも役所の恫喝を受けてです。

 こういうことに、、ホントに腹が立つ。

 最後に、もうひとつ。 17日の午後に殺処分が終わって、いつ移動制限が解除したか? すぐなら、結局役所は、おまえんとこだけなので、「殺せば解除しててやる」ってことだったんですね。

 ※ニュース 宮崎県の口蹄疫問題で、県は17日、高鍋町の薦田さんの種牛6頭の殺処分と埋却を終えた。これで殺処分の対象になった県内の家畜はすべて処分された。県は18日午前0時、高鍋町を中心とした家畜の移動制限区域と、制限区域内の住民にイベントや外出の自粛を求めた非常事態宣言を解除した。

1988年 青函トンネル開通、瀬戸大橋開通 、まだまだ夢があった時代でした・・・
  

  

  


 

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